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福岡高等裁判所 昭和58年(ネ)743号 判決

主文

原判決を取消す。

被控訴人の控訴人らに対する請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする

事実

第一  申立

一  控訴の趣旨

主文同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  主張

一  請求の原因

1  訴外坂井久雄(以下「坂井」という)は、昭和五七年一二月二〇日自己破産の申立をし、昭和五八年三月九日福岡地方裁判所において破産の宣告を受け、同日被控訴人はその破産管財人に選任された(同裁判所昭和五七年(フ)第九三号破産事件)。

2  坂井は、福岡市に勤務していたところ、右破産申立後の昭和五八年一月末日をもつて退職した。

福岡市は、坂井の各控訴人に対する各借入金債務の弁済のため、坂井が受くべき退職手当金から控除して、昭和五八年二月二日坂井に代わつて、控訴人福岡市職員共済組合(以下「控訴人共済組合」という。)に金一七八万〇一四一円を、控訴人福岡市職員厚生会(以下「控訴人厚生会」という。)に金一四万二九一二円をそれぞれ交付し、控訴人らはこれを受領した。

3  右弁済に先だつ昭和五八年一月一七日付で、同裁判所裁判官から福岡市に対して、破産申立の事実を通知し、あわせて、坂井の受くべき退職手当金の取扱いについて照会したので、各控訴人らも当然、坂井が破産申立をしていたことは承知していた。

4  福岡市が控訴人らに対する坂井の各借入金債務の弁済のため、退職手当金から右各金員を控除のうえ各控訴人らに交付するについては、それぞれ法令上の根拠があるにせよ、その後破産宣告がなされた以上、控訴人らが他の債権者に優先して弁済を受けたことを正当化する実体法上の根拠は全くない。

又、福岡市が坂井の受くべき退職手当金から各金員を控除して、控訴人らに交付したのは、坂井に代わつて弁済をしたに過ぎず、実質上、破産法七二条二号にいう破産者のなした行為といえる。

5  よつて、破産者に代わつて福岡市がなした弁済は、破産法七二条二号に該当する行為であるので、被控訴人は右弁済を否認し、控訴人らに対し弁済により受領した各金員及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五八年六月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因第1ないし第3項の事実は認める。

2  同第4、第5項は争う。

三  控訴人らの主張

1  否認権行使の対象は、破産者の行為またはこれと同視すべきものに限られる。しかるに本件においては、福岡市が、控訴人らに対する坂井の各借入金債務の弁済のため、同人の退職手当金から控除して控訴人らに払い込むにあたり、坂井の行為またはこれと同視すべきものは何ら存在しない。

(1) 福岡市の控訴人らに対する払い込みは、それぞれ地方公務員等共済組合法(以下「共済組合法」という)一一五条二項、福岡市職員厚生会条例(昭和二八年福岡市条例第三二号。以下「福岡市条例」という)五六条二項に基づく義務の履行として独自に行つたものであつて、坂井の意思や行為と全く関係なく機械的になされたものである。

(2) 共済組合法一一五条二項には、「組合員に代わつて」払い込まねばならないと規定されている(なお、福岡市条例には右のような規定はない。)が、これは弁済の代理権を与えたものではなく、特定の債務について弁済の効果を生じさせる意味の便宜的な表現にすぎず、坂井の行為と同視されるべきではない。

破産者の行為と同視できる場合とは、外形上は破産者以外の者の行為でありながら、その実、破産者の行為と相まつて一個の行為と評価できるような場合をいうのであつて、本件のように坂井が何ら関与していない場合を含まないのは当然のことである。

(3) 控訴人共済組合の福祉事業の一環である組合員に対する貸付事業は、社会保険である長期給付にかかわる責任準備金(組合員の掛金と福岡市の負担金によつて成立する。)を運用しているものであり、その償還金は当然に将来の年金給付に当てられるべきものである。このため控訴人共済組合の組合員に対する貸付金の回収は重大である。控訴人共済組合と同様に年金給付を行う社会保険の一種である厚生年金保険事業においては、厚生年金保険法八四条一項により、事業主が控訴人共済組合の組合員に相当する被保険者に支払うべき報酬から控訴人共済組合の掛金に相当する保険料を控除することができる旨の規定があり、さらに同法八九条には保険料その他の徴収金の徴収につき国税徴収の例による旨定め、保険料等の徴収の確保を図つている。控訴人共済組合の掛金等については共済組合法一一五条一項二項による源泉控除を認めているが、国税徴収の例による強制徴収の規定はない。控訴人共済組合の掛金等と厚生年金の保険料等とはいずれも国民のために不可欠の社会年金事業を維持するため重要であり、その徴収確保の必要性に強弱はないのであるが、控訴人共済組合の掛金等の場合は、源泉控除をする給与支給機関が公共機関であり、控除金の払い込みについて延滞、不履行のおそれが全くないため、国税徴収の例によらず、これに代えて源泉控除者である給与支給機関に対し、源泉控除した掛金等を組合員に代わつて組合に払い込むべき義務を課すにとどめているのである。従つて、源泉控除者である給与支払機関に課されたこの義務は、国税徴収の例による徴収によつて保護された厚生年金の保険料等と同じ程度に徴収の保護が達せられることを目的としたものであり、給与支払機関の恣意を許さないものであつて、単なる徴収の便宜のための手段として組合員のため払い込みを代行若くは代理するのではない。このことは、控訴人厚生会に関する福岡市条例五六条一、二項についても同様である。

2  福岡市の控訴人らに対する本件払い込みは、控訴人らにしてみれば実質的には別除権の実行というべきで、否認権の対象とはならない。

福岡市においては、その職員の福祉厚生を目的として共済組合法又は福岡市条例に基づき、控訴人らが設置され、控訴人らにより住宅資金、生活資金等の貸付事業等が行われており、控訴人らは、職員から右資金の貸付の申し込みがあれば、当該職員の勤務年数、現在の給与の額等を基準として貸付を行つているものである。そして、債務の償還については、法律上毎月の給与及び退職手当金から、給与支払機関である福岡市長が直接控訴人らに払い込むようになつているので、事実上相殺と同様の機能を果し、当該職員は何ら関与しないまま完全に償還されるべく手続上保障されているし、その手続は法律上及び条例上明確にされていることから第三者に対する公示方法も十分である。また、共済組合法一条二項は、国及び地方公共団体に「共済組合の健全な運営と発達が図られるように必要な配慮」をすべきことを特に義務づけているが、共済組合の経済的基盤を危うくしないために、右のような手続を規定して償還の確保を図つたものと解釈できる。

従つて、控訴人らとしては、坂井に対する貸付金が償還されることについて十分な期待を有しており、その期待は法的にも保護されるべきものであつて、実質的には法定の担保権と同視すべきであるから、その実行について否認の問題は生じない。

3  差押禁止財産は原則として破産財団に属しない(破産法六条三項)ところ、退職手当及びその性質を有する給与に係る債権については、その給付の四分の三に相当する部分は差押を禁止されている(民事執行法一五二条二項)ので、この部分は破産財団に属しない自由財産である。福岡市は、昭和五八年二月二日、坂井の退職手当金二六三万一二七〇円から住民税金六万一四八〇円、健康保険料金五七二〇円を控除した残額金二五六万四〇七〇円の中から、坂井の各控訴人に対する各借入金債務の弁済のため、控訴人共済組合のため金一七八万〇一四一円、控訴人厚生会のため金一四万二九一二円を法定控除して各控訴人の銀行口座に振込んで払い込み、その残額金六四万一〇一七円については民事執行法による仮差押、差押が競合したので、坂井に対する支払として福岡法務局に供託したものである。

控訴人らが福岡市から払い込みを受けた合計金一九二万三〇五三円は、坂井が退職手当金を受領した上で控訴人らに弁済したものではなく、坂井の退職手当金債権のうち自由財産の範囲内である四分の三の部分が直接払い込まれたものであつて、もともと破産財団に属すべき関係にない。従つて右払い込みは破産財団を侵害することにはならないから、否認の対象にはならない。

4  福岡市から控訴人らに対する各払い込みによる、坂井の控訴人らに対する各借入金債務の弁済は、実質的には相殺と同視すべきもので、破産法一〇四条二号但書の趣旨から否認の対象とならないものである。

一般に金融機関が融資をするに際し、退職手当金を預金債務として受入れたうえ、融資金と相殺する方法をとることが多い。この場合、金融機関は相殺を予定して融資するのであるから、退職金を預金する約束は融資契約と同時にするのが通常である。従つて、右約束をした者が破産宣告を受けた場合、その後の退職手当金の振込みによつて銀行が負担した預金債務は、破産法一〇四条二号但書の「前に生じたる原因」に基づく債務であると解されている。本件の場合、控訴人らは、共済組合法一一五条二項、福岡市条例五六条二項に基づく福岡市の義務として控訴人らに払い込まれた退職手当金をもつて、坂井に対する各貸付金に充当したのであるから、この充当は実質的には前記の方法により相殺する場合と同視すべきであり、否認の対象にはならない。

四  被控訴人の主張

1  控訴人らの主張1は争う。

控訴人らが援用する厚生年金保険法八九条は、同法本来の保険料、延滞金あるいは損害賠償請求権等についての徴収手続を定めたものに過ぎない。福祉事業として控訴人らの独自の判断で貸付けた金員の回収につき同条の趣旨を類推適用するのは適当でない。

2  控訴人らの主張2は争う。

3  控訴人らの主張3の事実に関する部分は認め、その余は争う。

坂井に対する退職手当金は、昭和五八年三月九日の破産宣告の時点では既に支払われており、その金員は破産法六条一項の破産財団を構成する財産となるべきものであつて、同条三項及び民事執行法一五二条二項の債権ではない。

4  控訴人らの主張4は争う。

坂井は控訴人らに対し何ら債権を有していたものではなく、そもそも相殺と同視すべき事情にない。

仮に控訴人らの主張のように、退職手当金の預金振込を受けた金融機関と同一視してみても、坂井が控訴人らから貸付を受けた時点では、退職手当金は請求権として現実に実現する時期も金額も不確定の状態であり、控訴人らが坂井の破産申立を知つた後、偶々退職手当金を払い込まれたものであり、破産法一〇四条二号但書の場合に該当しない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求の原因第1ないし第3項の事実及び控訴人らの主張3のうち事実関係に関する部分は当事者間に争いがない。

二控訴人らの主張1について先ず判断する。

右争いのない事実、<証拠>並びに共済組合法及び福岡市条例の各規定によると、次の事実が認められる。

1  控訴人共済組合は共済組合法に、控訴人厚生会は福岡市条例に基づいて設置された法人で、いずれも福岡市に勤務する者(以下「福岡市職員」という。)をもつて組織されているものであり、坂井は福岡市職員として控訴人共済組合員であると同時に控訴人厚生会の会員であつたものである。

2  福岡市職員の給与支払機関である福岡市が、控訴人らの組合員(会員)である福岡市職員の給与等から控除して控訴人らに払い込むべきことが法令によつて規定されているのは、職員が控訴人らに対して負担する掛金(共済組合法一一五条一項、福岡市条例五六条一項)と、職員が控訴人らに対して支払うべき掛金以外の金額(同法一一五条二項、同条例五六条二項)とである。

3 福岡市は、昭和五八年二月二日、坂井に退職手当金(以下退職手当金又は給与、給料という文言は、特に断らないかぎり、退職手当金債権又は給与、給料債権の券面額(すなわち債権額)の意味でのみ使用し、受給権者がその支給を受けた結果現実にその支配下におさめ得た現金ないしその代替物の意味には使用しない。それは民事執行法による執行の対象物として(同法一五三条一項の活用により差を縮める余地はあるにしても)差押禁止の有無・範囲を異にし、後段四の判断に関係をもつからである。)を支給するに当つて、坂井の退職手当金二六三万一二七〇円から住民税金六万一四八〇円、健康保険料金五七二〇円を源泉控除した残金二五六万四〇七〇円から、共済組合法一一五条二項及び福岡市条例五六条二項に基づいて、坂井の控訴人らに対する各借入金債務の弁済のため、控訴人共済組合のため金一七八万〇一四一円、控訴人厚生会のため金一四万二九一二円を各控除して各控訴人の銀行口座に振込んで払い込み、右退職手当金から諸税分を源泉控除した残額金二五六万四〇七〇円の四分の一に相当する金六四万一〇一七円の退職手当金請求権については、第三者からの仮差押、差押が競合したので、右金六四万一〇一七円を福岡法務局に供託している。

福岡市による本件各払い込みは、いずれも坂井の控訴人らに対する各借入金債務の弁済としてなされたものであるから、右2の「掛金以外の金額」の払い込みである。

4  福岡市議員が、控訴人らの組合員(会員)として各控訴人らに対して負担する拠金は、控訴人らの設置目的である組合員(会員)に対する病気、負傷、退職等に伴う療養費、退職金等の給付事業等に要する費用に充てられるものであつて(共済組合法一一三条、福岡市条例五四条)、右給付制度が職員の社会保険制度の役割を果すものであり、各自の負担する掛金の額は法令で定められ(同法一一四条、同条例五五条)、その徴収方法についても給与支払機関である福岡市が、毎月、職員の給与等から掛金相当額を控除して控訴人らに払い込むという方法がとられていて、その支払の方法に選択の余地がなく(同法一一五条一項、同条例五六条一項)、組合員(会員)としての資格の得喪は職員たる身分の得喪に呼応し(同法三九条一項、同条例八条)、いわば強制加入制度が採られている。これに対し、坂井が控訴人らに対して支払うべき掛金以外の金額である本件各借入金債務については、その負担の原因が個々の職員たる坂井の具体的意思によることはもとより、給与支払機関である福岡市が坂井の毎月の給与若くは退職手当金から所定額を控除して控訴人らに払い込むという方法によつて返済することを承認して各借入をしたものであり、各期の支払額についても控訴人らの設定した選択肢の中から選択の余地があるものであつて、個々の職員たる坂井の個別的意思との関連は強固であり、本件各払い込みはあらかじめ表示された坂井の意思についてなされたものといえる。

5  福岡市条例においては、掛金の源泉控除につき、「会員の給与支払機関は、会員の給料から掛金に相当する金額を控除し、その金額を厚生会が指定する者に払い込まなければならない。」(五六条一項)と規定しているのに対し、掛金以外の金額の源泉控除については「会員の給料支払機関は、会員の給料その他の給与からこれらの金額に相当する金額を控除することができるものとし、その場合において当該金額を厚生会が指定する者に払い込まなければならない。」(五六条二項)と規定し、そこに規定の仕方にも若干の差をもうけている。共済組合法は掛金及び掛金以外の金額等の源泉控除について、「組合員の給与支給機関は、組合員に代わつて組合に払い込まなければならない。」と規定して掛金と掛金以外の金額とを区別してはいない(一一五条一項二項)けれども、組合員にその払い込みの効果が直接帰属する趣旨を明らかにしているほか、組合員自身が本来払い込みの義務を負うことを示すものとして、「組合員は、給与等の支給を受けないことにより掛金に相当する金額の控除及び払い込みが行われないときは、政令で定めるところにより、掛金に相当する金額を組合に払い込まなければならない。」と規定している(一一五条三項)。

右認定事実を総合すると、本件各払い込みは、福岡市が坂井に帰属した退職手当金から控除した金額でもつて、坂井の控訴人らに対する各借入金債務を坂井の意思に基づき坂井に代わつて控訴人らに弁済したものにほかならないのであり、従つてその弁済の効果も坂井について生じ、その払い込みが完了したことにより、その時点で坂井の控訴人らに対する各借入金債務も消滅する関係にあるものといえる。それゆえ、本件各払い込みは、坂井の手によつて行われたものではないが、法律上坂井の行為と同視すべき行為に該当するものといえる。厚生年金保険法八九条の規定の存在が右の判断を左右するものでないことはもとよりである。

従つて、控訴人らの主張1は、理由がない。

三次に控訴人らの主張2について判断する。

控訴人らは、福岡市の控訴人らに対する本件各払い込みは、実質的には別除権の実行というべきであつて、否認権の対象とはならない旨主張するが、坂井の控訴人らに対する本件各借入金債務につき控訴人らが同人の退職手当金の上に破産法九二条所定の担保権を有しないこと、また控訴人らの坂井に対する右各貸金債権が同法四七条所定の財団債権にも同法三九条所定の優先権ある破産債権にも該当しないこと及びこれらと同視すべき関係にあるとまではいえないことは、弁論の全趣旨から明らかであり、その他控訴人らの右各貸金債権が坂井の破産手続において他の破産債権者に優先して弁済を受くべき根拠はないから、控訴人らの右主張は理由がない。

四次に控訴人らの主張3について判断する。

福岡市は、坂井についての破産申立後であつて宣告前である昭和五八年二月二日、坂井に支給すべき退職手当金総額二六三万一二七〇円のうち住民税金六万一四八〇円、健康保険料金五七二〇円を源泉控除した残額金二五六万四〇七〇円から、坂井の控訴人らに対する各借入金債務の弁済のため、控訴人共済組合のため金一七八万〇一四一円、控訴人厚生会のため金一四万二九一二円を各控除して各控訴人の銀行口座に振込んで払い込み(控訴人らの受領した右金員の合計は坂井の退職手当金総額から諸税分を控除した残額の四分の三の金額に相当する。)、右退職手当金総額から諸税分を源泉控除した残額金二五六万四〇七〇円の四分の一に相当する金六四万一〇一七円の退職手当金請求権については、さきに第三者から仮差押、差押が競合してなされていたため、同金額を福岡法務局に執行供託(民事執行法一五六条二項参照)していることは前判示のとおりである。

そして、本件において、坂井の福岡市に対する退職手当金請求権に関し、民事執行法一五三条による差押許容範囲の拡張の申立及びその許可がなされたとの主張立証はないから、同法一五二条二項により、その四分の一だけが一般債権者のための責任財産として差押が許されるにとどまり、四分の三の部分は差押の許されない財産として坂井の自由な処分に委ねられていたということができる。

従つて控訴人ら主張のとおり控訴人らに対する右各払い込みが坂井の退職手当金債権のうち自由財産に該当する四分の三の部分によつてなされたものであるとすれば、責任財産にあたる四分の一の部分についてなされた個別執行はその後になされた破産宣告により破産財団との関係で効力を失い、前記執行供託により供託金払渡請求権に転化していた責任財産にあたる部分の坂井の退職手当金債権は全部被控訴人の管理処分に服し破産財団を構成するに至つたものと解されるから、本件控訴人らに対する各払い込みは別段破産財団を侵害しないこととなる。

これに対し被控訴人は、右払い込みが退職手当金債権の自由財産に属する部分によつてなされたものであることを争い、坂井の支給を受けた退職手当金が支払にあてられたものであるからその金額は当然破産財団に組み入れらるべきものであると主張する。しかしながら右控訴人らに対する各払い込みが、実際に坂井に対し退職手当金の支給として現金の交付その他これと同視すべき支払方法がとられたのちにおいて、すなわち退職手当金債権がその履行により差押禁止の有無範囲を異にする現金ないしその他の種別の財産に転化したのちにおいて、転化した新たな種別の財産を処分することによつて行われたものでないことは前記によつて明らかであるから、右被控訴人の主張は、文字どおりの意味においては到底支持することができない。ただその趣旨は、福岡市のした本件各払い込みは、市が坂井に代わつてしたものにほかならないから、市が退職手当金を現実に坂井に支給し、その一部の返還を受けてこれを控訴人らに支払つたものと擬制ないし同視すべきであるという主張を含むものと考えられる。

そこで、福岡市が坂井の給料又は退職手当金から坂井の控訴人らに対する借入金債務に相当する金額を控除して控訴人らに払い込む仕組みの法律関係について考えてみるに、市は前掲法律又は条例の規定に従い控除ないし払い込みの事務を行うだけのものであつて、その関係は市の坂井に対する給料又は退職手当金債務の範囲内で、坂井の控訴人らに対する借入金債務につき、右法条によりいわばその履行の引受を命じられてこれを実施することに尽き、それ以外に市と坂井との間に直接借入金の弁済を目的とする委任又は準委任の契約関係が成立するものと認むべき根拠はない。(もしもその関係が組合員と市との間の委任又は準委任であるとするならば、組合員は自己の都合でいつでも委任又は準委任の契約を解除して控除を免れ得ることになり、控訴人らは組合員に対する貸付金の回収に困難を来たす結果を免れることができない。前掲法律又は条例が市に右のような控除・払い込みを行わせることとしたのは、そうすることによつて事実上組合員が各自の債務を完全に履行し組合が債権の回収洩れを出すことがない態勢を整え、組合員間の互助事業を行う控訴人らの財政的基礎を確実ならしめることを目的とするものであつて、単なる金銭授受の中間省略という支給・徴収事務の簡便を目的としたものではないと考えられる。)共済組合法一一五条一、二項の「組合員に代わつて」という文言も、払い込みの効果が当該組合員に直接生ずることを表現する以上に、市と組合員との間に委任又は準委任の関係を生じさせる根拠になるとは考えられない。

もともと組合員の借入金の返済につき組合員と直接の契約関係を有するのは当然控訴人ら組合であり、組合員は借入れにあたつて組合に対し、給料又は退職手当金等の支給日毎に一定の金額を返済すべきことを約定するとともに、右金額についてはこれら債権のうちから組合が市当局から控除払い込みを受ける方法によつてその支払を受けること、従つて組合は同部分の債権につき取立の権限を取得することをも合意するものであり、前掲各法条は、右のような組合と組合員間の約定(もつとも、組合が市当局から直接組合員の給料・退職手当金等の支払を受けるためには法令の根拠が必要であるから、その意味では組合と組合員との間の該約定自体が前掲各法条の存在を前提としているともいえるが、それはそれとして)を前提として、市当局に、組合の請求により当該金額を控除の上組合に払い込むべきことを命じているものと解するのが相当である。従つて、かかる契約から生ずる控訴人ら組合の地位は、坂井に対する貸付金債権の担保として坂井から給料・退職金等債権のうち所定の金額につき債権の信託的譲渡を受け且つこれにつき市当局から承諾を得ている関係と類似し、右いずれの場合も、市が控訴人らから請求のあつた金額を控訴人らに払い込むことによつて、坂井は当該金額につき控訴人らとの間において借入金の弁済による免責を得、同時に市は坂井に免責を得させたことによつて同人に当該金額について給料・退職手当金等の債務を履行したことになる関係であると考えられる。そして、右両場合を通じて、控訴人らの貸付金債権の弁済に供せられる坂井の財産は、同人の福岡市に対する給料・退職手当金等の債権であるということができる。

以上の次第で、本件において控訴人らが坂井に対する貸付金債権の弁済を得たについて、弁済にあてられた坂井の財産は、事実として金銭又はその代替物でなかつたというにとどまらず、法的評価の面においても同様というべきであつて、一旦坂井が金銭として支給を受けた上その中から一定額を任意福岡市に返還委託して控訴人らに支払つたものと擬制しまたはこれと同視すべき関係にあるとは考えがたい。

それゆえ、右各払い込みは、控訴人ら主張のとおり、その時点において差押から除外されていた坂井の退職手当金債権のうちの四分の三の部分をもつて控訴人らの取立に応じ福岡市がその支払をした関係にあるということができ、従つてその意味において否認の対象とすることができないものというべきである。

そうすると、被控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないのでこれを棄却すべきである。

五よつて、右と結論を異にする原判決を取消し、被控訴人の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(蓑田速夫 柴田和夫 宮良允通)

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